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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)267号 判決 1972年11月09日

控訴人 浪花タクシー有限会社

右代表者代表取締役 松本晴夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 橋本和夫

被控訴人 竹久達男

<ほか一名>

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 大塚喜一

右訴訟復代理人弁護士 渡辺真次

主文

1  原判決中控訴人ら勝訴の部分を除くその余の部分(原判決主文第一、第二、第四項)を左のとおり変更する。

2  控訴人らは各自被控訴人竹久達男に対し金二八万五七五八円及び内金二五万五七五八円に対する昭和四四年四月二〇日から、内金三万円に対する同年九月六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  控訴人らは各自被控訴人竹久定孝に対し金四万八四六〇円及び内金三万八四六〇円に対する昭和四四年四月二〇日から、内金一万円に対する同年九月六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

4  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は第一、二審ともこれを二分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人ら勝訴の部分を除くその余の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は左に記載するほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する(ただし、原判決一〇枚目裏三行目から四行目にかけて及び同五行目から六行目にかけて二十九万九千七百六十四円とあるのはいずれも二十九万九千七百八十四円の誤記と認めるから、そのように訂正する)。

一、控訴代理人の陳述。

「(一)、被控訴人竹久達男の進行道路の有効車道幅員は五・二メートルであり(道路交通法第三六条第二項にいう「通行している道路」とは通行しようとする交差点の先の道路を含まないものと解すべきであるが、被控訴人竹久達男の進行しようとした交差点の先の道路の有効車道幅員も交差点の手前と同様五・二メートルである)、市原勝美の進行道路の有効車道幅員は五・四メートルである(交差点に近づくにしたがって広くなりその手前では五・四メートルより狭いということはない)。したがって、被控訴人竹久達男の進行道路の幅員が市原勝美の進行道路の幅員よりも明らかに広いということはなく、かえって市原勝美の進行道路の幅員のほうが広いのであるから、被控訴人竹久達男は道路交通法第四二条の徐行義務を免除されない。

(二)、被控訴人らの後記(一)の主張事実中、市原勝美の進行道路の有効幅員が本件事故後拡張されたとの点は否認する。

(三)、同(二)の主張は争う。」

二、被控訴代理人の陳述。

「(一)、控訴人らの右(一)の主張事実は争う。なお、甲第二号証の二及び乙第一一号証はいずれも市原勝美の進行道路について本件事故後簡易舗装がなされて有効幅員が拡張された後に計測された図面である。

(二)、被控訴人竹久達男の進行道路は国道一二八号線であり、市原勝美の進行道路は大原町道である。本件の交差点において特に優先道路の指定はないが、自動車運転者ら間においては慣行上国道が優先道路として取扱われているから、被控訴人竹久達男には徐行義務はない。

(三)、控訴人浪花タクシー有限会社は市原勝美運転の普通乗用自動車(千葉五え四八六号)を保有してタクシー業を営み、右自動車の運行を支配しかつその運行利益の帰属主体となっていたものである。よって被控訴人らの同控訴人に対する請求中、身体傷害に基く損害賠償請求部分は自動車損害賠償保障法第三条に基く請求に改める。」

理由

一、被控訴人竹久達男が昭和四四年四月一九日午後一時五分頃普通貨物自動車に長男(当時満一四才)の被控訴人竹久定孝を同乗させて運転し、千葉県夷隅郡大原町大原一一八六番地先交差点を同郡岬町方面から同郡御宿町方面に向って進行中、右方道路から交差点内に進入してきた訴外市原勝美運転の普通乗用自動車に衝突されたことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によると、被控訴人竹久達男運転の自動車は右衝突の結果更に右交差点を超えた左側角(南角)の電柱にぶつかって大破し、同被控訴人は頭部顔面挫傷、両側肩胛部同上膊部挫傷、右前胸部同背部同肘関節部挫傷、左膝関節部挫傷、右下腿部挫創の、被控訴人竹久定孝は頭部外傷、両側膝関節部同下腿部挫創兼挫傷、右前膊部挫創の各傷害を受けた事実が認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。

二、ところで、≪証拠省略≫によれば、前記交差点は信号機がなくかつ当時交通整理も行われておらず、左右の見とおしはよい方であるが、市原勝美の進行方向左の交差点角(北角)には僅かの空地があるけれども、その空地の手前(北西側)及び左側(北東側)には建物があって、交差点の左側の見とおしは十分でなく、しかも市原勝美運転の乗用車の直前にはマイクロバスが進行し右交差点を左折したので、同人は右マイクロバスによって左前方の見とおしを妨げられたことが明らかであるから、かかる場合同人としては交差点に進入するにあたって徐行し、交差する道路の左側から交差点に進入する車両等の有無、動向の確認を怠らず、これに衝突する危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があったと解すべきところ、≪証拠省略≫によると、市原勝美は右の注意義務を怠り、前記マイクロバスが交差点手前で一旦停車したのでその後方で一旦停車したのみで、右マイクロバスが発進するや直ちに右マイクロバスの後方約二メートルの間隔をおいて発進し、左側から交差点に進入する車両等の有無、動向の確認を怠ったまま漫然そのような車両等はないものと判断して、時速約一〇キロメートルの速度で交差点内に直進して、交差する道路のセンターラインを超えたため、左方から直進してきた被控訴人竹久達男運転の貨物自動車に衝突し、しかも、衝突する瞬間まで右貨物自動車の進行に気づかなかったことが認められ、市原勝美には過失があることが明らかである。≪証拠判断省略≫

三、そして、控訴人浪花タクシー有限会社(以下控訴会社という)が市原勝美運転の自動車(千葉五え四八六号)を保有してタクシー業を営み、右自動車の運行を支配しかつその運行利益の帰属主体であることは控訴会社の明らかに争わないところであり、市原勝美が控訴会社の従業員であり、本件事故が控訴会社の営業に属する旅客運送の業務に従事中に発生したものであることも控訴会社の認めるところであるから、控訴会社は自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者として被控訴人らの身体傷害に基く損害を賠償する義務があるとともに、民法第七一五条第一項により身体傷害以外の原因に基く損害を賠償する義務があることが明らかである。

また、≪証拠省略≫によると、控訴人松本は控訴会社の代表取締役である(その事実は当事者間に争がない)が、控訴会社は従業員十数名の小規模の会社であって、代表取締役である控訴人松本自身が現実に、直接従業員の指導監督にあたっていることが認められるので、控訴人松本もまた民法第七一五条第二項第一項により被控訴人らが本件事故によって蒙った損害を賠償する義務があるものということができる。

右認定を左右するに足る証拠はない。

四、そこで被控訴人らが本件事故によって蒙った損害の点について判断する(ただし治療費及び弁護士費用相当の損害については後に判断する)。

(一)、被控訴人竹久達男の損害。(合計五一万三六九五円)

1  休業による損害。(四万八八九五円)

≪証拠省略≫によれば、同被控訴人は妻とともに茶、釣具等の販売に従事し、昭和四三年中における所得(ただし税務署に対する申告は父竹久三男名義である)は四一万九一〇六円であり、同被控訴人と妻との営業にたずさわる割合は七対三であるが、同被控訴人は前記の傷害により昭和四四年四月二〇日から同年五月二五日まで医療法人土屋病院に入院し、その後も同年七月二九日まで同病院に通院して治療を受け、その間同年六月一九日まで二ヶ月間休業を余儀なくされたことが認められるので、これにより同被控訴人は右四一万九一〇六円の一〇分の七の六分の一にあたる四万八八九五円の得べかりし収入を喪失したものと認められる。右を超える主張損害額を認めるに足る証拠はない。

2  精神的損害。(二〇万円)

前記認定の被控訴人竹久達男の傷害の部位、程度、右認定の治療の期間、その他本件口頭弁論に現れた諸般の事情を総合すると、同被控訴人が蒙った精神上の苦痛はこれを金銭に見積れば二〇万円と認めるのが相当である。

3  自動車修理費。(二一万七八〇〇円)

≪証拠省略≫によると、同被控訴人運転の普通貨物自動車は同被控訴人の所有であり、本件事故により大破した結果、同被控訴人はこれを有限会社大場モータースに依頼して修理し、昭和四四年九月二日同会社に修理費二一万七八〇〇円を支払ったことが認められる。控訴人らは被控訴人竹久達男運転の自動車の破損は電柱にぶつかったためであって市原勝美の過失と因果関係がないように主張するけれども、一に認定したように同被控訴人運転の自動車は市原勝美運転の自動車に衝突した結果電柱にぶつかったものであって、市原の過失と相当因果関係が存することは明らかである。

4  代車賃借料。(四万七〇〇〇円)

≪証拠省略≫によると、右自動車の修理には相当長期間を要したため、その間同被控訴人は有限会社弓削商会から自動車を賃借し、その賃借料として四万七〇〇〇円の債務を負担していることが認められる。

(二)、被控訴人竹久定孝の損害。

精神的損害。(一〇万円)

≪証拠省略≫によると、被控訴人竹久定孝(昭和二九年八月四日生、被控訴人竹久達男の長男)は前記傷害により、昭和四四年四月二〇日から同年五月三日まで前記土屋病院に入院し、その後同年七月三日まで同病附に通院して治療を受けた事実が認められ、前記傷害の部位、程度、右認定の治療の期間、その他本件口頭弁論に現れた諸般の事情を総合すると、被控訴人竹久定孝が蒙った精神的苦痛はこれを金銭に見積れば一〇万円と認めるのが相当である。

以上の認定を左右するに足る証拠はない。

五、そこで更に控訴人らの主張する被控訴人竹久達男の過失の有無について検討する。

≪証拠省略≫からすると、本件交差点は被控訴人竹久達男の進行道路からいっても交差する道路の右側の見とおしは十分ではなく、右交差点の右側から左折してきたマイクロバスによってその後方の見とおしが妨げられたことが明らかであるから、被控訴人竹久達男としては右交差点に進入するにあたっては徐行し、右マイクロバスの直後から交差点に進入する車両等に衝突する危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があったものと解せられる。しかるに≪証拠省略≫によれば、同被控訴人は右交差点に向かって時速約六〇キロメートルの速度で進行し、右交差点の約六〇メートル手前で、交差する道路の右側から左折のため右交差点に進入してくるマイクロバスを認め、右マイクロバスが左折にかかったので進行道路の左側に寄り時速約四〇キロメートルに減速したが、前記の注意義務を怠り、そのままの速度で交差点に進入しようとしたため、交差点進入前に、右マイクロバスの陰から突如交差点の中央附近に進入してきた市原勝美運転の乗用自動車を発見し、ただちに急ブレーキをかけたけれどもスリップして直進し、右乗用車に自車を衝突させたことが認められるので、被控訴人竹久達男にも過失が存することが明らかである。(なお、控訴人らは同被控訴人は時速約六〇キロメートルの速度で交差点に進入したように主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。)また、右のとおり被控訴人竹久達男は交差点進入前に既に交差点の中央附近に進入してきた市原勝美運転の乗用車を発見したのであるから、道路交通法第三五条第一項によりその進行を妨げてはならない義務があることが明らかであって、被控訴人竹久達男は右業務にも違反したものということができる。

これに対し被控訴人らは、被控訴人竹久達男の進行道路は幅員六・三メートルであるのに対し市原勝美の進行道路は幅員三メートル程度にすぎないから、同被控訴人は徐行義務がないように主張するが、≪証拠省略≫によると、被控訴人竹久達男の進行道路の幅員は約六メートルあるけれども、車道として舗装された部分の幅員は五・二ないし五・二五メートルであり、一方市原勝美の進行道路の幅員は五・一ないし五・四メートルである(もっとも交差点からかなり離れた地点では約四・三五メートルにすぎないことが≪証拠省略≫によって認められるが、それがどの程度離れた地点であるかを明確にする証拠はない。)ことが認められるから、被控訴人竹久達男の進行道路の幅員のほうが市原勝美の進行道路の幅員より広いということができるけれども、道路交通法第三六条第二項にいう「明らかに広い」場合にはあたらないと解せられるから、被控訴人竹久達男には徐行義務がなかったということはできない。また被控訴人らは、同被控訴人の進行道路は国道であり、市原勝美の進行道路は大原町道であって、自動車運転者の間においては慣行上国道が優先道路として取扱われているから、同被控訴人には徐行義務がないと主張するけれども、右のような慣行が存することを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人らの右主張は採用できない。また被控訴人らは同被控訴人の運転する自動車は市原勝美の運転する自動車に対して左方直進車であるから、同被控訴人の運転する自動車に優先権があると主張するが、前記認定のとおり同被控訴人が交差点に進入しようとしたとき市原勝美運転の自動車は既に交差点の中央附近に進入していたのであって、両車が同時に交差点に入ろうとした場合ではないから、右被控訴人らの主張もまた採用できない。

そして、本件衝突事故発生の原因となった市原勝美の過失と被控訴人竹久達男の過失とを比較してみると、ともにそれぞれ前記のような徐行義務の違反があり、しかも市原勝美は時速約一〇キロメートルで進行したのに対し、被控訴人竹久達男は時速約四〇キロメートルで進行したのであり、また市原勝美は先に交差点に進入していたのではあるが、先に認定したような本件衝突事故の態様現場の状況からいって、市原勝美がもしも前方を左折するマイクロバスから十分の距離をおいて交差点に進入して、マイクロバスの陰から突如前方に進出することをしなかったならば、右マイクロバスによって双方からの見とおしが本件のごとく妨げられることもなく、衝突は免れることができたと十分に考えられるのであって、前記認定のごとく右マイクロバスから約二メートルの距離しかおかず、自車がその背後に隠れる状態のままで進行しながら時速約一〇キロメートルで交差点に進入して直進をつづけ、しかも左方から進入する車両等に対する注意を全く怠った市原勝美の過失に、本件衝突事故のより重大な原因があると考えられ、市原勝美と被控訴人竹久達男の過失の割合は七対三と認めるのが相当である。

六、そこで過失相殺及び控訴人ら主張の内入弁済による控訴人らの損害賠償額の範囲について判定する。

まず、控訴会社が被控訴人らの治療費として、前記土屋病院に対して被控訴人竹久達男分として一七万八三三〇円を、同竹久定孝分として九万四一〇〇円を、被控訴人両名分の看護料として一万八〇〇〇円をそれぞれ支払い、また医療法人大原病院に対して被控訴人竹久達男分として五三二二円を、同竹久定孝分として四〇三二円をそれぞれ支払ったことは当事者間に争がない。そして、≪証拠省略≫によると右一万八〇〇〇円の看護料のうち一万一〇〇〇円は一日一〇〇〇円の割合で昭和四四年四月二〇日から同月三〇日まで一一日間の分であることが認められるから、その余の七〇〇〇円も同様一日一〇〇〇円の割合でその後七日間の分と推認されるところ、被控訴人竹久定孝は同年五月三日に退院したのであるから、合計一万八〇〇〇円中一四日間の分一万四〇〇〇円の半額の七〇〇〇円は同被控訴人の看護に対する分であり、その余の一万一〇〇〇円が被控訴人竹久達男の看護に対する分であると推認するのが相当である。そうすると被控訴人竹久達男の治療費(看護料をふくむ。以下同じ。)は合計一九万四六五二円であり、被控訴人竹久定孝の治療費は合計一〇万五一三二円と認められ、被控訴人らは本件事故により四に認定した損害のほかに右各治療費相当の損害を蒙ったことになるが、弁論の全趣旨によると控訴会社は被控訴人らとの合意に基づき被控訴人らに対し右各治療費相当額の損害金を支払うかわりに直接医療機関に治療費を支払ったものと認めることができる。右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると、被控訴人らが本件事故によって蒙った損害の合計は後記の弁護士費用相当の損害を除くと、被控訴人竹久達男の分は四の(一)の合計五一万三六九五円に右治療費相当額一九万四六五二円を加えた七〇万八三四七円であり、被控訴人竹久定孝の分は四の(二)の一〇万円に右治療費相当額一〇万五一三二円を加えた二〇万五一三二円であるところ、被控訴人竹久達男(被控訴人竹久定孝の親権者)に前記割合の過失が存するから、過失相殺により控訴人らは前記過失の割合に応じてそれぞれ一〇分の七の金額、すなわち被控訴人竹久達男に対しては四九万五八四二円を、被控訴人竹久定孝に対しては一四万三五九二円をそれぞれ賠償する義務が存するところ、前記治療費の支払があるから(治療費の超過支払分は精神損害に対する賠償額から差引く。)被控訴人竹久達男に対しては三〇万一一九〇円を、被控訴人竹久定孝に対しては三万八四六〇円をそれぞれ賠償する義務が残存したものといわなければならない。(なお、右争なき事実ならびに弁論の全趣旨によると、被控訴人らと控訴会社との間には、控訴会社の支払った治療費が賠償義務ある額を超えるときは、その超過額は、その余の損害賠償義務の履行に充当される旨の暗黙の合意が成立したものと認むべく、この認定を覆すに足る主張立証はない。)

七、更に、≪証拠省略≫によると、被控訴人らは本訴提起のため弁護士大塚喜一に訴訟を委任し昭和四四年九月五日着手金として被控訴人竹久達男は五万円を、被控訴人竹久定孝は二万円を同弁護士に支払ったことが認められ、前記のとおり被控訴人竹久達男にも過失が存すること、被控訴人らの請求額に対する認容額の程度その他本件口頭弁論に現れた諸般の事情を勘案すると、右弁護士費用のうち、被控訴人竹久達男及び同竹久定孝が本件事故に因って蒙った損害として控訴人らに賠償を求めうる金額はそれぞれ三万円及び一万円が相当であると認める。

八、次に控訴人らの相殺の抗弁について判断する。

(一)、≪証拠省略≫によると、本件衝突事故によって、市原勝美運転の乗用車に乗車していた訴外石川福栄は座席から投げ出されて左側顔面と左肩を運転席にぶつけてむち打症となり、かつ義歯を折ったため、前記大原病院と田辺歯科医院で治療を受け、控訴会社は右石川福栄の治療費として右大原医院に対して一万一〇四六円を、田辺歯科医院に対して七万五六〇〇円をそれぞれ支払い、また右石川福栄にも慰藉料として二万円を支払ったことが認められ、控訴会社は本件事故によりこれに相当する損害を蒙ったものということができるけれども、≪証拠省略≫によれば、控訴会社は右石川福栄の治療費及び同人に対する慰藉料相当の損害については自動車損害賠償責任保険の保険金により補填を受けたことが認められるから、控訴会社の右治療費ならびに慰藉料相当額の損害賠償債権をもってする相殺の抗弁は採用できない。

(二)、次に、≪証拠省略≫によると、控訴会社は本件事故により控訴会社保有にかかる乗用車を破損して、百瀬自動車工場に依頼して修理をし、修理費一五万一四四〇円を支払ったことが認められるので、控訴会社はこれに相当する損害を蒙ったことが明らかである。そして、本件衝突事故が控訴会社の従業員市原勝美の過失七、被控訴人竹久定孝の過失三の割合による右両名の過失に基くものであることは前記認定のとおりであるから、過失相殺により控訴会社は被控訴人竹久達男に対して前記一五万一四四〇円の一〇分の三にあたる四万五四三二円の損害賠償請求権を有するものということができる。ところで車両同志の衝突事故において双方の車両の運転者に過失がありかつ双方の側に損害が生じたときは、少くとも車両の破損に基く損害賠償請求権同志については民法第五〇九条の法意に鑑み、相殺を禁止する合理的理由は認めがたいから、例外的に同条の相殺禁止の規定の適用がないと解するのが相当であり、そして、控訴会社が昭和四五年五月一日の原審口頭弁論期日において陳述した同年三月三〇日付準備書面により右損害賠償債権をもって被控訴人竹久達男に対する損害賠償債務と対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるから、同被控訴人の控訴会社に対する自動車修理費の損害賠償債権と控訴会社の右損害賠償債権とは対当額で相殺されたものであり、控訴人らの右相殺の抗弁は理由がある。

(三)、更に控訴人らは、本件事故においては控訴人らのほうがむしろ被害者であるのに、被控訴人らよりの訴提起のため応訴を強いられ、弁護士橋本和夫に対し訴訟を委任し八万八九〇〇円を支払い、本件事故に起因しこれに相当する損害を蒙ったので、控訴会社はその賠償請求権をもって相殺の意思表示をするというのであるが、被控訴人らの本訴請求は叙上説示のとおりその一部が認容されるにすぎないものではあるけれども、右認容部分を超える請求が被控訴人らの故意過失に基く不当の請求であることを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人らの本件訴訟提起およびその後の訴訟行為をもって不法行為を構成するものとは到底認め難いばかりでなく、控訴人らの弁護士費用支払による出費は被控訴人らの適法な訴提起行為に基因するものでありこそすれ、本件事故に関する被控訴人竹久達男の不法行為と相当因果関係にある損害と認めるに足る証拠はないから、控訴人ら主張の損害賠償請求権を認めるに由なく、控訴人らの主張の相殺の抗弁は理由がない。

九、以上認定判断したところによれば、結局、被控訴人竹久達男が控訴人ら各自に対し損害賠償を求めうる金額は六の末尾に記載した三〇万一一九〇円と七の三万円の合計三三万一一九〇円から八の(二)の四万五四三二円を差引いた二八万五七五八円であり、被控訴人竹久定孝が控訴人ら各自に対し支払を求めうる金額は六の末尾に記載した三万八四六〇円と七の一万円の合計四万八四六〇円であるから、被控訴人らの本訴請求は控訴人ら各自に対し右各金員及びこれに対する本件事故発生後の昭和四四年四月二〇日から(ただし七の弁護士費用の内金相当の損害金についてはその支払の日の翌日である同年九月六日から)完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の請求はこれを失当として棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決中被控訴人ら勝訴の部分はこれを主文第二、三、四項のとおり変更すべきものと認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江尻美雄一 裁判官 今村三郎 後藤静思)

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